004 エラー

私が子どものころ、というのは、1970年代から1980年代あたり、高度経済成長からバブル期にかけてのころは、「世界は競争原理である」「自然界は弱肉強食である」と言われていました。私もそのように信じていました。ダーウィンの進化論とは、強い者が勝つのである。強い者が偉いのだ。強い者が正しいのだ。ウルトラマンは地球を守ると言いつつ、力尽くで地球を侵略してくる宇宙人や怪獣から人間たちを守るために、力尽くで勝つ。それが正義なのだ。という、非常に「わかりやすい」構図をしていました。

実際には、進化論の研究は、当時すでにずいぶんと進んでいたらしいのですが、一般人は競争原理が第一と考えてきました。

自然界は競争原理だけではとらえられないということが様々な研究や観察でわかってきました。そのへんの一連の流れは『面白くて眠れなくなる進化論』(長谷川英祐)がわかりやすいです。

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強者(食べる生き物)と弱者(食べられる生き物)とを、何の障害もないところで一緒にすると、弱者を食べ尽くして強者も滅んでしまうという結果になります。素人にもじゅうぶん理解しやすい結果です。

では、どういうときに強者が存続できるかというと、強者が「どんくさい」ときです。つまり、強者は弱者を食べようとするんだけど、うまくつかまえられず、たいがい逃してしまう、というときです。弱者が生き延びるために、強者につかまらないようなスキルを身につけたのだ、という理解もできますが、そもそも弱者に強くなってもらわないと、強者は生き残れないのです。強者は、みずから弱点を持つことが、生き残るには必要なのだ、とも言えるはずです。

そして、弱者に多くの種類があるほど、弱者は存続しやすくなり、必然的に強者も存続しやすくなります。

カブトエビの繁殖戦略も紹介されています。カブトエビが産む卵の中には、1回濡れると孵化するもの、2回濡れると孵化するもの、3回濡れると孵化するもの、それ以上・・・というものが混在しています。環境変動は不確定であり、リスクですが、各種取りそろえて対応しておけばそのうちうまくいくことがある、という、非常にいい加減で無節操で、それゆえに高度な戦略をとっています。

Triopsidae ja01

こういうことを見てみると、今西錦司さんの「合目的的進化」は、神を持ち出さなくても、「種を存続させる」という大目的のために進化するとすれば、たしかに、ダーウィンの進化論と統合できそうです。生命誌研究者の中村圭子さんが、「遺伝子をとことん研究して見えてくるものは、生物が生きる目的は、種を存続させること以外にはなさそうだ」というようなことを言っていたと記憶していますが、今西錦司さんがこだわった「進化の方向性」は、じつにシンプルなことなのかもしれません。

神を用いて説明するなら、こうなるでしょうか。「神は、種を存続させることをテーマとして生物をお作りになった。あとは、万事、うまくいく。神の完璧な仕事である」

で、「神の完璧さ」を完璧という言葉で誤解しがちなのですが、どうも、自然を学びながら神のお仕事を見ていると、「神の正体はエラーである」と見えてくるように思います。

自然界は、やはり、仲良しこよしではありません。平等でもないし、正義もありません。火山、地震、気象など、不確実だらけです。食う、食われるの関係はいたるところにあります。で、自分たちの種が存続するには、できるだけたくさんのエラーがあった方が有利だということが言えるのではないかと、そんなことは教科書には書かれていませんが、私が勝手に考えています。

進化とは、多様性を増やすことである、と、どこかで見たことがありますが、とても合点がいきます。進化とは、「良い方向」でも「優れた方向」でもなく、単に、多様性が増えること。「良い」などという価値観は、人間がそう見ているだけの、自然からすればどうでもいいはずです。

あらゆる生き物は、自分たちの種が存続するための道を探して、ありとあらゆるエラーを繰り返す。その、エラーの繰り返しこそが、一気に変わる前に起きていることの正体ではないかと思えます。ある種のすべての生物は同じことをしているのではなく、少しずつ違ったことをする個体がそれなりにあるそうです。集団からみたら、エラーでしょう。

人間の社会でも、皆が同じことをするのではなく、変わった人、掟破りの人が、必ず存在します。

エラーはあくまでもエラーであって、たいがいは、どうにもなるものではありません。けれどもたくさんのエラーがあってこそ、進化が生じる。多様性とは、「いろいろなものが存在すること」だけでなく、「たくさんのエラーが行われること」ではないかと思います。多様性を拡大するとは、「さらにいっそう、エラーを広げ、増やす」ということになるのではないかと思います。
 

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2 thoughts on “004 エラー

  1. 加藤篤

    そもそも、DNAのコピーでエラーが無ければ、多様性は生まれない。
    多様性が生まれることで「たまたま」その時の環境に適応したものが繁栄する=進化する。
    エラーはすべての根源だと思います。

    そこで考えることがあります。「同じ過ち、エラーを繰り返すな」と言われますが、人間は何度も何度も同じ過ちを繰り返します。もしかしたら「エラーを繰り返すことにも意味があるのかもしれないのではないか?」と・・・どう思われますか?

    1. momo

      門外漢の私が生物学に興味をもってあれこれ首を突っ込むのは、人間の社会や生き方のヒントがあるように思うからです。「エラーを繰り返すことにも意味がある」というのは、とてもビビッと来る部分です。 「神の正体はエラーである」などと言いたくなってしまうほどなので。 そうやって、人文社会系に眼を移すと、ちょっとエラーの意味が違ったものにも見えます。そのへんのとこ、この連載の主テーマなので、じっくり考えて書いていきます。 おっしゃるとおり、人間にとってもエラーにはたいへん大きな意味があると思っています。

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